JUGEMテーマ:旅行
夏の日本を飛び出して、ベトナム最大の都市ホーチミンに降り立った。
バックパックを片手にサンダルでジェット機の階段を降りると、むせ返る暑さと甘いフルーツの香りが鼻をかすめた。
されど目的は旅ではなく、銭儲けにある。その仕事とはドサ廻りのやっつけ仕事ではなく、由緒正しい日本の大企業のエンジニアだ。その初の海外勤務はなぜかここホーチミンとなった。いつものように、ゆったり気分とは違い、生温かい風が張り詰めた気持ちをかすめ取った。
空港を出ると、お迎えの女性スタッフが運転手付きの車で待っていた。
「こんにちは。遠路、お疲れさまです」
「こんにちは、お世話になります」
「あのぅ、ところで、その黒い大きな袋、一体何なのですか?」
拙者はデカイバックを肩に下げていた。

「これ、自転車です」
「えー、自転車?折りたたみの自転車ですか?」
「いえ、マウンテンバイクです。私の旅の相棒です」
仕事のつもりが、いつのまにか荷の中身は遊び道具が占拠している。出迎えてくれたお嬢さんは相手を間違えてはしまいか、どきまきしたと後で語った。
そうこうして、海外勤務の初体験が始まった。
その任務は、日本のお客さんのために日本様の建物をつくること、ベトナム様式は不可である。
「それは一体如何なることになるのか?」
当初の思いは俄然打ち砕かれて、ことごとく修正を余儀なくされて、基本的人格の建て直しを迫られている。
毎日が文化の壁との格闘だ。異文化交流とは響きが良いが内情は違う。実情は出来るだけヤマト文化を押し付ける。それが拙者の任務にござる。それが責務なのだから、逃げ出すわけにはいかぬ。
「ここのお客は日本の人です。そんなクネクネした壁はダメなのです」
これが途方もない目標に感じられるから参った。
ひとり大声を張り上げても、知ってか知らぬか、誰も聞く耳を持たない。
ベトナム職人は面倒なことを言う人が来ると耳持たぬと決め込む。

言葉は通じなくても、そんなことはボディランゲイジで十分説明できる。曲がっている壁を定規でなぞり、相手に向かい手をクロスして×印で嫌な顔を投げつける。これで意味は通じる。中には英語を理解できる者もいる。
「この壁は曲がっているだろう!」
「曲がってて、何の支障があるのかぁ?」
相手は何か不思議なことを言う奴との視線でこちらを見る。これには衝撃を受けた。日本の企業マンとして、壁がくねくねっと曲がった建物を日本のお客さんに引き渡せない。当たり前のことである。されどそれをどうベトナム人に伝えるのか?それをどう理解してもらうのか?どう納得して働いてもらうのか?
これが越えられぬ壁として眼前に貼り付いて離れない。
「いいじゃないか、少し曲がってても。これぐらい不都合ねかろう。普通は気付かねぇよ」
「それはダメです!それでは体裁が悪いのです」
拙者は声を荒立てる。
「そんなことで、仕事を増やすなよなぁ」
しかし「体裁が悪い」を英語にするとbad lookingとなる。相手は“bad looking?,そんなこと知らねぇよ“で終りである。内心、そういう考えもありかなと合点したときもある。逆に相手のベトナム人を納得させる言葉は出てこない。
「お前ら、お金もらってんだろう。だからワシの言うことを聞くもんだ!」
「プーンだ」
「頼むから、お願い、聞いて?」
「嫌だネ」
相手はからかいの笑みを浮かべて、仲間とヒソヒソ話に花を咲かせている。
苦渋なるカルチャーショックで、お役ご免を覚悟して安宿ベッドで泣崩れる毎日である。







